メディカルコラム

【隈病院 専門医監修】子どもの全身麻酔は脳に影響する?幼児期の手術と知能障害のリスク

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発達段階の脳への麻酔の影響

今回、お堅い話はやめて外来待合室での待ち時間に読めるような麻酔・手術と脳についての話題を提供したいと思います。(全2回)

では、最初の話題。「幼児期の全身麻酔が脳神経発達に与える影響に関して」です。このタイトルでは堅すぎるので平たく言い換えると「幼いこどもが全身麻酔をうけると将来知能が低下してしまうのか?」となります。

麻酔によって影響を受けやすい脳といえば発達段階の幼若脳が思い浮かびます。2000年前後になって動物実験で麻酔薬が幼若脳に対して悪影響を及ぼす、という研究結果が次々と報告されるようになりました。マウス・ラットの小動物からヒトに近いサルまで同じような結論であったため「全身麻酔がこどもの脳神経の発達を邪魔して知能が低下するゥ〜、これはえらいことですよ」と衝撃が走りました。

動物実験から臨床研究へ

ただ、早合点は禁物です。動物実験の結果を即、人間に当てはめてはなりません。動物実験の結果が実際の臨床では見られないことも数多くあり(ひょっとしたらその方が多いかも)、早速実際の臨床で研究が始まりました。

ただ、きちんとした臨床研究というのは結構難しくヒトの信頼できるデータはなかなか集まりません。動物実験ではグループ分けが簡単で「麻酔を受けたか受けていないか」以外の条件をすべて同じにすることが可能で、性別・日齢・体重・生育環境などの条件をグループ間で等しく差がないようにすることができます。

一方、臨床研究では全身麻酔を受けたグループと受けていないグループにおいて年齢・性別・体格・基礎疾患・出生時状態・家庭生育環境などが、かなり違ったりして色々な要因を差がないようにすることが困難です。麻酔を受けたグループにおいても、麻酔方法や使用された麻酔薬・手術内容・手術時間などまちまちで得られた結果の解析も面倒です。さらに、今日麻酔を受けた幼児が将来学習能力が低下してしまうのかどうかはすぐに答えがでません。大きくなるまで待たないといけないので、少なくとも45年は掛かります。大変地道な努力が要る研究ですが、それでも2016年以降、質の高い(信頼性の高い)臨床研究の成果が発表されるようになりました。

3研究が一定の方向性を示唆

なかでもGAS・PANDA・MASKの3研究は一定の方向性を示唆しています(表1)

表1 乳幼児知能に与える全身麻酔の影響:大規模研究

700人以上の乳児が参加して行ったGAS研究では、1時間程度の全身麻酔で鼠径ヘルニア手術を受けた乳児と脊椎麻酔(俗にいう下半身麻酔)で鼠径ヘルニア手術を受けた乳児とで、その後の神経発達具合(5歳時での知能指数)を比較しました。

結果は、全身麻酔と脊椎麻酔との間で知能指数に差はありませんでした。よかった!全身麻酔しても脳への影響がみられなかったのです。PANDA研究では、3歳までに全身麻酔(平均80分)で鼠径ヘルニアの手術を受けたこどもを105人集めました。この子たちが大きくなって8~15歳で受けた知能テストの結果を、この子たちの兄弟姉妹(彼らは全身麻酔を受けていない)が同じ年齢で受けた知能テストの成績と比較しました。結果、知能テストの成績に差は認められませんでした。これまた知能障害がみられなかったのです。このPANDA研究の優れている点は、兄弟姉妹との比較なので遺伝環境・生育環境は同一と考えられ単純に全身麻酔の影響をみることができるというところです。

MASK研究では1000人弱のこどもたちでデータを集めました。3歳未満で全身麻酔を1回だけ受けたこどもと複数回麻酔を受けたこどもと全く受けなかったこどもで3つのグループに分けました。成長してから(青少年期)の知能指数を比較したところ差を認めなかったというものです。

ケースによっては影響も

これらの大規模研究によって導き出せる答えは「持病のない全般的に健康な3歳未満のこどもが短時間(3時間程度まで)の全身麻酔を1回受けたからといって必ずしも将来知能障害を招くことにはなりませんよ」です。ひとまず、ほっとする結論でした。

でも、重い持病のある場合、頻回に麻酔を受けた場合、長時間の全身麻酔を受けた場合は、脳の発達に影響するかどうか現時点では残念ながら何とも言えません。実際、4歳未満で麻酔を1回受けたこどもでは、読み書きや算数の学習能力に影響なかったのですが、麻酔を2回以上受けた子では学習能力が劣っていたという研究もあります(図1)

図1 全身麻酔の回数と幼児の学習障害

この研究では麻酔時間が長くなるとそのリスクが増加しました。また、白血病のこどもたちが検査のたびに何度も麻酔を受けたところ、麻酔回数・使用麻酔薬量が多くなるほど神経認知機能が障害されました。米国FDA(日本の厚労省みたいなもの)も以下の警告を発しています。「3歳未満のこどもが3時間以上の全身麻酔を受けたり、繰り返して麻酔を受けたりすると脳発達に悪影響を及ぼす恐れがある」。

では結論です。「幼児でも1回ぽっきりの短時間麻酔なら全然問題なし。長時間の麻酔を2回以上受けることは、できれば避けたい。待てる手術は大きくなってから受けようね」。

1回目のテーマは、ここまでです。2回目は「高齢者の脳と全身麻酔での手術」に焦点を当てます。お楽しみに。

お知らせ

隈病院では『甲状腺の病気といわれたら』という書籍を出版しています。患者の皆様にわかりやすく解説し、お手に取っていただきやすいサイズの本に仕上がっています。ご興味のある方は、ぜひ書店やオンラインショップ等でお買い求めください。(当院3階売店でも販売しております)

麻酔科科長 三川 勝也みかわ かつや

PROFILE

神戸大学医学部を卒業後、同大学医学部附属病院の麻酔科で研鑽を積む。その後2009年に隈病院の麻酔科に入職。麻酔科の科長として安全な麻酔を実現するべく徹底した術前評価や神経モニタリング用チューブを中心とした麻酔管理を日々行っている。

本記事は、隈病院の医師が監修しています。詳細はこちら

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